postheadericon マンガと私とフィリピンと

私は漫画が大好きだ。昔はよく自分でも漫画を描いていた。

 


私の長兄が漫画を描くのが得意で、私が子供の頃はよく彼の漫画のモデルにされ、漫画の中でからかわれたものだ。しかし、彼の漫画の才能を認めていたのも事実で、彼の絵のタッチをマネしながら、私も漫画を描くようになった。いわば、長兄は私の漫画の師匠であった。

今から30年ほど前、フィリピンで日本の漫画を手にすることは非常に難しかった。今でこそ日本料理店に行けば、たいていの店に漫画が置いてあり、食事そっちのけで読書にふけることができるが、当時はその日本料理店も数えるほどしかなかった。学校の友達からマンガ本を借りて読むことが、当時小学生だった私の唯一の楽しみであった。


「エコエコアザラク」や「ブラックジャック」など、何回も何回も読み返し、本を返した後でも頭の中で読み返すことができる程暗記したものだ。単行本の場合、特に長編の場合は、第1巻から最終巻まで読み通すことができるチャンスはほとんどなかったが、たとえ中途半端であっても漫画が読めるだけラッキーであった。

当然、その当時のフィリピンでは、今ほど日本の漫画やアニメは普及していなかった。スーパーマンやバットマンといった、見ているだけで汗臭くなりそうなアメリカの劇画タッチの漫画の影響をモロに受けており、日本の漫画が受け入れられる状況ではなかった。

フィリピン人の友達に日本の漫画を見せたことがあるが、彼らの反応は、


「目が大きすぎて気持ち悪い」
「鼻の穴がない」
「なぜ髪の毛がピンクなのか」
「状況によって同じ人物の顔が極端に変わるのが解せない」


といったものが多く、いずれもネガティブな反応を示した。考えてみれば、その当時のフィリピン人に沢庵を食べさせるようなものであったのかもしれない。

唯一の例外が「超電磁ロボ ボルテスV(ファイブ)」のTVアニメであった。

当時このアニメは爆発的な人気を博し、放映時間になると子供達がテレビの前に群がって観ていたものだ。カラーテレビなんか持っていようものなら、近所の子供達がその家を取り囲み、外からみんなして窓越しから観ていた。かくいう私も「窓越し族」の一人であった。

今で言う「パッキャオ・フィーバー」なみのブームを巻き起こしたボルテスV。主題歌も日本語であるにも拘らず、大ヒットした。

その波に乗って「闘将ダイモス」や「マジンガーZ」といったロボットもののアニメが続々と放映された。あまりにも人気が出すぎて、勉強そっちのけでテレビの前にかじりつく子供たちが増え、故マルコス元大統領が日本のアニメの放映を禁止するほどの社会問題に発展した。

その当時は、今の子供達が「ドラゴンボール」の孫悟空や「ポケモン」のピカチュウの似顔絵を描くように、日本の漫画のタッチを真似し始めるほど浸透するまでには及ばなかった(どちらかというと、当時は絵よりもストーリーが受けていたように思う)ものの、日本アニメ普及の土壌がここで育まれたと言えよう。

そして今...

この間、息子と一緒にアニメを観ていた。「遊戯王」や「カードキャプチャーさくら」と同じような系列のカードもののアニメ。絵のタッチが「ポケモン」のそれに似ていたので、今まで日本のアニメとばかり思っていたのだが...

アップで映し出されたカードに描いてある文字を何げなく読もうとしたらハングル文字だった。韓国アニメだったのである。テレビドラマだけでなく、ここでも韓国ブームの波が押し寄せてきていたのであった。



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