実は、私の息子はADHDである。
ADHDとは Attention Deficit/Hyperactivity Disorder の略で、日本語では「注意欠陥・多動性障害」と訳されており、1)多動性・衝動性優勢型、2)混合型、3)不注意優勢型(ADD)の3つに分類される。息子はどうも混合型らしい。
特徴として
1)落ち着きがない。じっとしていることが困難で、順番待ちができない
2)好奇心が旺盛。目に付いたものをかたっぱしから触りたがる
3)ちょっとしたことでかっとなりやすい(衝動的)。口より先に手が出る
4)注意散漫。忘れっぽい
5)好きなことには他のことを全て忘れて没頭し、ものすごい集中力を発揮する。
といったことが挙げられ、日常生活に支障をきたす。幼年期からこれらの特徴が出始め、大人になるに従って徐々に落ち着くか、もしくはいつまでも残り、学校や職場で苦しんでいる人も多いらしい。
息子も学校に入る前から前述の特徴が目立つようになり、当初は「男の子はやんちゃで当たり前。いずれ落ち着くだろう」と楽観視していた。が、小学校に進学しても変わらず、授業中に歩き回ったり友達に手を出すなどで次第に親や先生からの苦情が多くなってきた。心配になってネットで調べているうちにADHDの存在を知り、「ひょっとしてうちの子はADHDなのでは」と心配になって、近くのクリニックに連れて行った。
クリニックに入ったら、もうそばにある診療用の器具に触りまくり。お医者さんはそれをみて即座に「息子さんは間違いなくADHDです」と診断を下した。
ADHDの子には何より周囲の理解が必要だということで、学校に息子の事情を話し、協力を仰いだが、結局協力は得られず、むしろ最終的に退学に追いやられる形となってしまった。ADHDを精神病か何かと勘違いし、他の生徒に危害が及ぶのを恐れたらしい。フィリピン人の親しい友達からも「ADHDなんて、怠け者の言い訳だ」と一蹴され、当時私が勤めていた会社が加入している健康保険の勧誘員からも「ADHDは対象外です」と言われ、理由として露骨に「ADHDは頭がおかしい」みたいな説明をしだした。
ADHDは精神病ではない。障害なのだ。知能だって普通で、むしろ得意な科目では優秀な成績を収めている。ただ行動が他の人よりも衝動的なだけだ。
が、こんな状況では周囲の理解を得られるどころではない。以来、私は息子の障害を隠すようになった。学校も問題を起こすたびに転校。ほぼ1年ごとに学校を変えている。
ADHDについてはアメリカでも全て解明されているわけではなく、議論が続けられているらしい。先進国のアメリカでもそうなのだから、フィリピンではなおさらだろう。間違った情報に振り回され、「砂かけばばあ」や「子泣きじじい」的な得体の知れない気味の悪い存在と思われているのかもしれない。自分自身ADHDであることを知らず、危険人物というレッテルを貼られて世間から疎んじられている人たちは、いったい何人いるのだろう。
ADHDの存在があまり認識されていないためか、薬もどこにでも売っているわけではなく、在庫が途切れがちだ。価格も安くはない。
このまま息子はどうなっていくんだろう?この世の中で将来ちゃんと一人立ちできるんだろうか?息子の行く末を案じ、私達夫婦の気持ちは暗かった。今年でもう5年生になるよ?どうするよ?
そんな時、ADHDをマンガで分かりやすく面白く解説している「フロンティア★ADHD」というサイトに出会った。私も趣味でマンガを描いているので、このサイトには大いに興味を惹かれた。
http://homepage2.nifty.com/ryantairan/index.html
管理人さん自身もADHDというこのサイトとの出会いは、はっきり言って衝撃的だった。ADHDに関する一般的な情報はもちろん、何よりもADHDを障害ではなく「個性」として捉え、欠点だけでなく長所についても多く語られているからだ。
また、ADHDの人たちの生の声を聞くことができ、今まで自分が「分かっていたつもり」になっていただけで、実は息子の気持ちをことごとく傷つけていたということをとことん思い知らされた。
「『なんで出来ないんだ』と言われても、逆になんで出来ないのか自分が聞きたいくらい。自分でも分かってるのにできないんだよ」
この心の叫びにグサッときた。彼らも苦しんでいるのだ。息子も同じように私に叱られ、どうしていいのか分からずに悔しい思いをしてきたに違いない。その息子の胸の内を思い、私は胸が張り裂ける思いだった。
今まで息子を「変に特別扱いせず、普通のやり方で教育しよう」と思い、実践してきた。私の知っている「普通のやり方」とはつまり、問題を起こしたら叱ることだ。何回諭しても同じ間違いを繰り返す息子に対し、私の叱咤はエスカレートしていった。「なんで出来ないんだ」「何回同じミスをすれば気が済むんだ」「10歳にもなってこんなことも出来ないのか」「少しはまじめに考えろ」などなど。
何の事はない。自分が一番彼を理解しようとしなかったのだ。他でもない自分が息子を理解せず、他人に理解を求めることほど虫のいい話はない。私はADHDを直視せず、ただおろおろと悩んで親としての義務から逃げていただけにすぎなかった。その結果、息子自身を苦しめていた。
その日から、私は息子に対する接し方を改め、理解に努めることにした。叱るよりも褒めるほうに重点を置くことにした。その実践第1弾が、息子との特撮映画の撮影だ。息子も私に心を開くようになり、今まで分からなかった(見ようとしなかった)彼の側面が見えてきた。今までの頭ごなしの教育は間違っていたんだな。ちゃんと接してあげればできるんだ。ちゃんと導いてあげれば普通の事だって、いや、その勘の鋭さと好きなことに全力で没頭する集中力を活かせば、並の人間には考えも及ばないどえらい事だって、きっとやり遂げられるに違いない。
また、フロンティア★ADHDの管理人さんともコミュニケーションするようになり、「フィリピンの人たちにADHDの知識が普及する助けになれば」と、ご自身の漫画を私に貸すというありがたい提案をいただいた。私は管理人さんのアドバイスに従って漫画を英語やタガログ語に翻訳し、英語のADHDコミュニティーサイトを立ち上げて掲載するつもりだ。現在、どういった形でサイトを立ち上げるのが一番良いのか、友人とも相談しつつ構想を練っているところである。
この英語サイトはフィリピンの人たちにADHDのことを知ってもらうだけでなく、ADHDの息子を持つ私たち夫婦自身の勉強のためにも必要だと思っている。
「ADHDは病気でも障害でもなく、個性だ」- なんと希望に満ち溢れた言葉だろう。

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